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広島地方裁判所 平成8年(ワ)761号 判決

主文

一  被告は、原告甲野春子に対し金一六五万円及びこれに対する平成五年一〇月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告甲野太郎に対し、金一六万五〇〇〇円及びこれに対する同年一〇月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告甲野春子及び原告甲野太郎のその余の請求並びに原告甲野夏子の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを八分し、その一を被告の、その余を原告らの負担とする。

五  この判決は、原告ら勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  原告らの請求

一  被告は、原告甲野春子に対し金一一〇〇万円及びこれに対する平成五年七月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告甲野太郎に対し金三四五万二〇〇〇円及びこれに対する平成五年七月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告甲野夏子に対し金二二〇万円及びこれに対する平成五年七月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

原告甲野春子(昭和五一年一一月一一日生まれ。以下「原告春子」という。)は、広島市在住の学生であり、原告甲野太郎(以下「原告太郎」という。)は春子の父であり、原告甲野夏子(以下「原告夏子」という。)は春子の母である。

被告は、鹿児島市において神霊療法により治療を行っていた者である。

平成五年当時、原告春子は高校二年生であったが、同年三月(以下特に明示しない限り月日は平成五年。)に広島大学医学部付属病院(以下「広大病院」という。)の検査により膠原病の一種である全身性エリテマトーデスと診断され治療中であった。六月初旬、被告の信者でもあり、原告夏子の実姉でもある瀬戸口みち子(以下「みち子」という。)が被告の治療を受けるよう勧誘し、原告春子は鹿児島市において被告の治療を受けるようになり、約三ヶ月の間広大病院の治療を受けなかった。そのため、原告春子の症状は悪化し、後遺障害として線状皮膚萎縮症による痕跡が腕、腰部から大腿部にかけて残った。

本件は、被告が、原告らから高額の金銭を騙し取るために原告春子に神霊療法による治療を受けさせた、又は、鹿児島での治療中に被告は原告春子に病院での適切な治療を受けさせる義務があったにもかかわらずこれを怠ったとして、原告らが被告に対して、不法行為に基づいて慰藉料その他の損害賠償を求めた事案である。

第三  争点

一  被告の原告らに対する詐欺による不法行為の成否

二  被告の原告春子に対する保護義務違反による不法行為の成否

三  原告らの損害

第四  争点についての当事者の主張

一  原告の主張

1  詐欺による不法行為(争点一)について

被告は、治療の名目のもと、神棚や単なる水を高額で買い取らせるとともに、さらに続けて高額な金銭を騙し取るために、原告春子に病院での治療を受けることを断念させた。その結果原告春子の病状を悪化させ重篤な状態にまで至らせたものであり、被告の行為は詐欺による不法行為に該当する。

2  保護義務違反による不法行為(争点二)について

原告春子は、被告の勧誘に応じ鹿児島に行き、被告のもとで神霊療法による治療を開始して以来、病院での治療を中止し、神霊療法による治療に専念したのであり、被告は原告春子が病院での治療を受けていないことを知っていた。

右のような限定させた環境の中で、一度治療行為を引き受けた場合には、その治療を引き受けた者に対して一種の引受行為(先行行為)に基づいて、信義則上、当該患者の健康状態に十分配慮する義務が生ずる。

これを本件についていうと、被告には、原告春子が激しい嘔吐のために服薬ができなくなり腹水が溜まってきた時点において、原告春子を病院に行かせるなどして、原告春子の生命、健康状態について十分配慮する義務があったというべきである。

ところが、被告は、原告春子の健康状態が悪化し生命の危険が生じるようになった段階に至っても何ら適切な処置を施さなかったのであるから、原告春子の病状悪化に対して責任がある。

3  原告らの損害(争点三)について

(一) 原告春子分(合計一一〇〇万円)

(1) 慰藉料 金一〇〇〇万円

原告春子は、約三か月間にわたる被告の治療行為によって死にも相当する苦痛を強いられただけでなく、未婚の女性にとって耐え難い皮膚萎縮症の痕跡を全身に残すこととなった。この精神的苦痛を慰藉するには金一〇〇〇万円が相当である。

(2) 弁護士費用 金一〇〇万円

(二) 原告太郎分 合計金三四五万二〇〇〇円

(1) 原田病院での治療費 金二四万二〇〇〇円

原告春子は、被告の詐欺行為により、病院での適切な治療を受けられなかったため病状が悪化し、その治療のために原告太郎は原田病院に対して透析療法等についての治療費を支払うことを余儀なくされた。

(2) 神棚代 金二五万円

被告は原告の家に神棚を強制的に設置し、原告太郎からその代金を騙し取った。

(3) ワンダー水代 金五六万円

被告は、神霊療法と称して通常の水を治療効果のある水(被告はこれを「ワンダー水」と称していた。)として販売し、原告太郎は、その代金として、八月五日に金一四万円、八月一四日に金二〇万円、九月一七日に金二二万円を支払った。

(4) 出張費 金一〇万円

被告は祈祷による治療と称して原告宅を訪れ、原告太郎から出張費として金一〇万円を騙し取った。

(5) 慰藉料 金二〇〇万円

原告太郎は、原告春子が被告の行為により病状が悪化し、苦しむ姿を見ており、原告春子が死亡した場合に比肩すべき精神的苦痛を受けた。

(6) 弁護士費用 金三〇万円

(三) 原告夏子分 合計二二〇万円

(1) 慰藉料 金二〇〇万円

原告夏子は、原告春子が被告の行為により病状が悪化し、日夜苦しむにつけ、同女と一心同体の苦しみを味わった。原告夏子のこの苦しみは原告春子が死亡した場合に比肩すべきものである。

(2) 弁護士費用 金二〇万円

二  被告の主張

原告春子が病院での治療を受けなかったのは原告らの意思と判断によるものであっって、そのため病状が悪化したとしも、それは原告らが自ら招いた結果であり被告に責任はない。

第五  当裁判所の判断

一  証拠によって認定した前提事実

1  原告春子のSLEの発症

原告春子は、二月ころから顔面と下肢の浮腫及び体のだるさを訴えており、三月一日には牛田病院で急性腎炎との診断を受けたが、この時、身長一五九CM、体重五一KGであった。原告春子は、三月一二日、広大病院で膠原病の一種である全身性エリテマトーデス(SLE。以下単に「SLE」という。)によるネフローゼ症候群との診断を受けたが、当時の症状は全身浮腫著明、低蛋白血症であり、三月一六日に同病院に入院し、四月二六日に退院し(甲一五、一八)、その後は、二週間に一度、通院治療を続けていた(原告本人甲野春子)。

原告春子の五月一八日の体重は四六KG、体調は良好であった。また、広大病院の診断では六月一五日時点では完全寛解状態にあったが、原告春子はSLEによる脱毛を強く訴え、皮膚科の診療を受けた(甲一四ないし一八)。

2  原告らに対するみち子からの神霊療法の勧誘

(一) 六月になり、原告春子がSLEであることを聞いたみち子が、原告夏子に対し、神霊療法で病気を治す先生として被告を紹介し、鹿児島で被告による治療を受けるように勧めた。

原告夏子は当初信用しなかったため、みち子はその後数回にわたって電話で、「被告は、膠原病の患者や重度の癌患者を治したことがある。父の癌の進行を被告が気で包んで拡大するのを防いだ。」という趣旨の話をして鹿児島に治療に来るように強く勧誘した。

それでも原告夏子は半信半疑であったが、原告太郎の「身内が身内を騙すはずがない」という言葉もあって、徐々にみち子の話に耳を傾けるようになった。

(証人瀬戸口みち子、原告本人甲野夏子)

(二) みち子からまずはお祓いをしてみてはという話しがあり、六月二五日、被告がみち子ら信者数人とともに広島の原告ら宅にお祓いに訪れ、神棚を設置した。

このとき、原告太郎は被告に対して、神棚代として二五万円を支払った。

(原告本人甲野太郎、原告本人甲野夏子)。

(三) 神棚を設置した際、被告は、原告春子と原告夏子から髪の毛が抜ける理由を問われて、抗生物質が原因であると答え、病院から投与されている薬剤を持参させ、抗生物質は服用しない方が良い旨を話しながら、多種類の薬剤中から抗生物質と考えた一種を選び出した。被告は、右薬剤の服用を明示的には禁止しなかったが、原告春子らはこの際の被告の言動から当該薬剤の服用を禁止されたと受け取った。

(原告本人甲野夏子、原告本人甲野春子、被告本人)

(四) 被告は、原告春子の病気が悪化すると生命にかかわる難病で膠原病の一種であること及び原告春子が病院に通院して投薬等の治療を受けていることをみち子から聞いていた。

被告は、原告らに対して、「末期症状で医者も見捨てたような人達に奇跡を起こすのは神だけだ。奇跡でなければ助からない。先祖の供養をして、それで信じるならば必ず奇跡が生まれる。」「難病を治すには信仰によって奇跡を起こすしかない、信仰によって奇跡を起こせば早く良くなる。」という趣旨の話をした。

(被告本人)

(五) 原告春子の症状は、六月末ころから悪化し始め、尿蛋白の出現、下肢浮腫発現といった症状が出始めたため、七月初めころには広大病院の主治医は原告春子を入院させて治療することを決定し、原告春子はその予約手続をしていた(甲一五)。

(六) 七月に入ってからも、みち子から原告夏子及び同春子に対して電話による勧誘があった。みち子は、勧誘の中で「被告は三日で治す。」などと強く原告夏子らを説得し、このような勧誘を受けるうちに原告夏子及び同春子は、鹿児島で神霊療法による治療を受ける決意を固めて行った

(証人瀬戸口みち子、原告本人甲野夏子、原告本人甲野春子)。

鹿児島に行く前に、原告夏子は被告に確認の電話をしたところ、被告は広島の原告ら宅を訪れたときと同様に「難病は神にしか治せない」という趣旨の返事をした(原告本人甲野夏子)。

3  原告らの鹿児島における生活

(一) 原告夏子と原告春子は、七月一五日に鹿児島に行き、原告夏子の実家で両親と共に生活した(証人瀬戸口みち子、原告本人甲野夏子)。

(二) みち子は、原告春子及び原告夏子を被告の礼拝堂に連れていった。

礼拝堂で、被告は、原告春子にワンダー水を飲むことを勧めた。

ワンダー水とは、毒素等を正常化する力を持ったエネルギーが入っていると被告及びその信者が信じている水のことである。

被告は、原告らに対して、ワンダー水は原告春子の伸びきったゴムのような細胞をミクロの単位でピンと張りつめた新しい細胞に入れ替える作用があるとの趣旨の話をした。

(原告本人甲野夏子、被告本人)

(三) 原告らは、鹿児島に滞在中、ほぼ毎日被告の礼拝堂を訪れた。

礼拝堂は、被告の力を頼ってくる人が、礼拝する場所であり、被告はそこで信者と会話したり、除霊を行ったりすること以外の宗教活動を行っていなかった(証人瀬戸口みち子)。

礼拝堂に居る時間は、午後六時から午後八時の間の一時間前後であった。礼拝堂では、原告春子と原告夏子はみち子とともに本尊に向かつて礼拝を行い、その後に被告と雑談をしていた。会話の内容は、原告春子の病状の報告やそれに対する対処法というような病気についての具体的な話はなく、被告が自分の力で死にかけた人を治した等という自己の神霊能力を誇示する話しや、西洋医学は難病を完治させることができない等の神霊療法についての一般的な話が多かった。

被告は、原告夏子と原告春子が礼拝しているとき、原告らが礼拝しているのを見たり、テレビを見たりしていたが、時には、お祓いや浄霊をすることがあった。

被告が外出中であったり、来客中であったときは、原告らは礼拝のみ行って帰宅した(原告本人甲野夏子、原告本人甲野春子、被告本人)。

原告夏子は毎日一〇〇〇円から五〇〇〇円を包んで礼拝料として置いていた。これは、みち子がそうしていたのでそれに合わせたもので、被告の要求によるものではなかった(原告本人甲野夏子)。

(四) みち子は原告春子に対してワンダー水を飲ませ続け、被告を信じて疑ってはいけないとを言い続けた。また、みち子は原告らに対し、広大病院に通院して治療を受けることについては消極的意見を述べた。

原吉らは、みち子に被告を信じて疑ってはいけないと言われ続けたこと、みち子をはじめ原告夏子の実家の者全員が被告を崇拝しワンダー水を飲む生活をしておりその中で生活をしていたこと、被告から神霊能力を誇示する話を聞いたこと等によって、次第にワンダー水を飲んで礼拝を続けていればSLEが治癒すると信じるようになった。

(原告本人甲野春子、原告本人甲野夏子)

(六) 八月の初旬に、原告春子に嘔吐、下痢、腹部膨満症状が出たことに対して、被告は「修行として耐えなさい。」と言ったが、この被告の言葉を、原告春子らは、嘔吐、下痢等の症状も修行として耐えなければならず、耐えれば回復するとの励ましであると理解した(原告本人甲野夏子、原告本人甲野春子)。

(七) 八月三日、原告春子が診療予定日に来院しないため、広大病院から広島の原告らの自宅に電話での問い合わせがあった。これに対して、原告太郎は、原告春子には鹿児島に行っており水害のため帰広できない旨返答した(甲一五)。

(八) 八月五日、原告太郎は被告に対して、ワンダー水の代金として一四万円を送金した(争いがない)。

(九) 被告は、原告春子の腹部膨満や嘔吐の症状は、栄養不良が原因と考え、病院で輸液による栄養補給を受けることを勧めた。そこで、みち子は原告春子を一回だけ病院に連れて行き栄養補給を受けさせた(原告本人甲野春子、原告本人甲野夏子、被告本人)。

(一〇) 八月上旬、原告春子は、薬を飲んでも吐き戻す状態になった。このことを被告は原告夏子から告げられて知っていたが、広大病院の主治医に相談するよう助言する等特段の指示はしなかった。そのため原告夏子らは、原告春子に服薬の必要はないと被告は考えていると思い、そのまま服薬をしなかった(原告本人甲野夏子、原告甲野春子、被告本人)。

(一一) 八月中旬、被告は原告春子に対して、「綺麗になったね。」と言った。原告らはこの言葉をSLEが治ったものと理解し、同月一四日に鹿児島から広島へ帰ったが、この時点においても、原告春子の腹部は腹水貯留のため膨脹していた(原告本人甲野夏子、原告本人甲野春子、被告本人)。

このとき、原告春子と原告夏子を鹿児島まで迎えに来た原告太郎が被告に対して、五本のワンダー水の代金として二〇万円を支払った(原告甲野太郎、弁論の全趣旨)。

4  原告らの広島に帰ってからの生活

(一) 原告らが広島に帰ってからは、被告は原告夏子と原告春子から電話で相談を受けていた。

原告春子の体調は、腹水と下肢浮腫が悪化して行き、下痢・嘔吐も続くという体調であった(原告本人甲野夏子、原告甲野春子)。

(二) 八月一七日、原告春子が受診しないため、広大病院の主治医が電話で病状を問い合わせた。原告春子は、主治医に対し、「鹿児島に膠原病を治す人がいて、その治療を受けるために行った。顔が腫れてひどい状態になったが、その人の治療を受けてからは体調も良く腫れも引いた。このまま治療を続け腫れが完全に引いてから外来受診します。両親とも了解している。広大病院から出されている薬剤は以前の余りがあるため継続して服用している。」との趣旨の返答をし、その後は広大病院を受診しなかった(甲一五)。

(三) 九月中旬に、原告ら宅へ被告からワンダー水一〇本の送付があり、原告太郎は、その代金として五〇万円を送金した。このうち二八万円については一一月三〇日に被告から返還されている(甲二、原告甲野太郎、弁論の全趣旨)。

(四) 九月二四日に被告は広島を訪れた。これは、原告春子の体調が悪化したために原告夏子が被告に来広を要請したからであった。

原告太郎は被告に対して、出張費として一〇万円を支払った。

その際、被告は原告らに対して「一週間頑張れば好転反応が出てきて良くなる。軽快しないときには病院に行く必要がある。」という趣旨の話をした。原告らは、被告の指示が出るまで病院に行く必要はないとの助言を受けたと理解した。

(原告本人甲野太郎、被告本人)

(五) 一〇月一日、原告夏子が被告に対し、原告春子が重篤である旨を訴えたところ、被告は広大病院での受診を指示した。しかし、広大病院は満床のため直ちには入院できず、一〇月四日になってさらに容態が悪化したため救急車で広大病院に搬入され診察を受けたが、その時も広大病院は満床であったため、紹介を受けて原田病院に入院した。当時の原告春子の体重は八〇KGであり、全身に著しい浮腫が生じていた(原告本人甲野夏子、甲一八)。

5  病院での治療再開以降

一〇月四日、原告春子が広大病院で診察を受けた時点では、腎不全の疑いがある状態であった。

原告春子は、一〇月四日以降原田病院で治療を開始したが、同月七日には意識が朦朧となり、その後も下痢、腹水による圧迫痛(体重は八〇KGに増加)、腎不全の状態が続いた。

一〇月二七日には、幻覚症状が現れ、その後、痙攣及び昏睡が生じ、意識が戻ると再び幻覚症状が出る状態となった(甲一八)。しかし、血液透析療法等を実施した結果、一一月半ばには症状は安定寛解し、一一月二九日には、広大病院に転院した。当時の体重は四〇KG、頭部脱毛はあるが浮腫はない状態であった(甲一八)。

原告太郎は原田病院に対して治療費として二四万二〇〇〇円を支払った(弁論の全趣旨)。

平成五年一二月一七日原告春子は広大病院を退院したが、腕、腰部から大腿部にかけて浮腫による後遺障害である線状皮膚萎縮症による瘢痕が残った(甲三)。

二  争点についての判断

1  争点一(詐欺による不法行為)について

(一) 原告らは、被告が原告らから金員を騙し取る目的で原告春子が病院で治療を受ける機会を妨げたと主張するので検討する。

本件で、被告が原告太郎から金銭を受け取ってはいるが、被告が原告らに神霊療法についての対価を要求したことはなかったことからすれば、被告に原告らから金員を騙取する目的があったと認めることはできない。

したがって、詐欺による不法行為を理由とする原告らの請求は認められない。

2  争点二(保護義務違反)について

(一) 原告らは、被告の勧誘に応じ鹿児島に行き、被告のもとで神霊療法による治療に専念したのであるから、被告には先行行為に基づく作為義務があったと主張するので検討する。

(二) 証拠(甲七、一九)によれば、SLEは強い全身症状を伴う原因不明の難病であり、正しい治療を受けなければ死に至る可能性がある病気であって、多くの場合は、再燃と寛解を繰返しながら慢性の経過を辿る疾患であること、しかしながら、適切な治療を行っていけば、健常人と同様の日常生活を送ることが可能な病気であること及び一般的な治療方法として副腎皮質ステロイド、免疫抑制剤を使った治療がなされていること、以上の事実がいずれも認められる。

(三) 以上に認定したSLEという疾病の内容からするならば、SLE患者を医師の資格を有しない者が治療目的で自己の影響力の及ぶ範囲に入れた場合はもちろん、患者の側が積極的に援助を求めてきた場合であっても、これを受け入れて治療的行為を開始した場合には、患者の健康状態の変化に細心の注意を払い、病状悪化の徴候がある場合には直ちに専門医の治療を受けるべきことを助言するべき義務があるというべきである(参考裁判例・最判平成二年三月六日・裁判集民事一五九号二一三頁)。

(四) これを本件についてみるのに、被告は、原告春子の疾病が悪化すると生命にもかかわることのある難病であること及びその治療のために原告春子が通院し投薬を受けていることを知っていたのであるから、自己が行う神霊療法の継続中に原告春子の容態に悪化の兆しが現れたときには、主治医に相談し、その治療を受けることを勧めるべき義務があるものというべきである。

本件において、原告春子は、八月初めのころには嘔吐、下痢、腹部膨満症状が出ており、そのころには、広大付属病院から投与されていた薬剤を服用することができなくなっており、被告はこれらの事情を原告夏子から聞いていたにもかかわらず、何らの助言もしていない。更に、原告春子らが八月一四日に帰広した後も被告は原告春子らからの電話相談を受けており、その際に同原告の症状が徐々に悪化している様子の説明を受け、九月二四日には症状悪化に耐えかねた原告夏子の要請で来広し、原告春子の腹水貯溜や浮腫発生の様子を確認しているにもかかわらず、主治医の診察を受けることを助言していない。

これらの事情からするならば、被告は遅くとも八月初めの時点で原告春子に対し主治医の治療を受けるべきことを助言するべき法的義務があったというべきである。そして、被告によってこの義務が果たされていたならば、原告らは広大病院での治療を再開していたであろうし、そうすれば、正常時には五〇KG前後である原告春子の体重が八〇KGにもなり、血液透析を実施しなければならないといった重篤な症状にまでは至らなかったものと認めることができる。この点で、被告には不法行為責任があり、これによって原告らが被った損害を賠償するべき義務がある。

3  争点3(損害)について

(一) 損害総論

前記のとおり、被告は不法行為に基づき原告春子が被った損害について賠償すべき義務があるが、損害の負担においては以下のような事情を斟酌する必要がある。

(1) みち子から断定的な勧誘があったこと及び原告春子は髪が抜けることを著しく苦にしていたことという前記認定事実からすれば、原告春子が鹿児島で被告の治療を受けるようになった経緯は、原告春子は、一か月強の広大病院への入院で完全寛解状態にまで回復したこともあってSLEの重大さを十分には理解しておらず、広大病院での治療のために脱毛が生じるものと考えて同病院の治療を受けることに消極的であったところに、みち子からの強い勧めがあったために、これを受け入れる形で原告らから被告に対して神霊療法を行うことを依頼し、被告がこれを受け入れたものと認めるのが相当である。

この点、原告らは、被告がみち子を利用して原告春子を鹿児島に呼び寄せたと主張する。

しかし、前記認定のとおり、被告の宗教活動は専ら礼拝堂で信者と語らったり、除霊をすることであることからすれば、被告が信者を手足として利用して組織的に信者の獲得活動を行っていたとは認められないので、原告らの主張は採用できない。

また、原告らは、原告春子の病院に対する不信感は被告が植え付けたものと主張するが、原告春子は五月の時点で広大病院の医師からSLEが寛解していると説明を受けているにもかかわらず、脱毛を強く訴え、皮膚科の診療を受けているところからすると、原告春子は脱毛を完治させることができなかった病院に対して不信感をもっていたと認めるべきであり、原告らの右主張も採用できない。

(2) 原告春子が病院に行かなかったのは、前記認定のとおり、みち子に被告を信じて疑ってはいけないと言われ続けたこと、みち子宅全員が被告を崇拝しワンダー水を飲む生活をしておりその中で生活をしていたこと、被告から神霊能力を誇示する話を聞いたこと等が原因であったが、その中で一番大きな原因はみち子による影響と認めるのが相当である。みち子は、原告らが鹿児島に滞在中、一番長い時間接していた者であり、原告らに対して被告の言うことを信じていれば膠原病は完治する、病院に行く必要はないと具体的に指示していたからである。

(3) 被告の不法行為の当時、原告春子は未成年者であったのであり、同原告には保護者として原告太郎及び原告夏子がついていたにもかかわらず、明らかに不合理な治療法である被告のいう神霊療法に頼り、広大病院から投与された薬剤を服用せず、同病院からの二度にわたる受診の勧告を無視したことが原告春子の症状悪化に大きく原因を与えている。

(二) 損害各論

(1) 原告春子分

ア 慰謝料(請求額は金一〇〇〇万円)

金一五〇万円

前記認定のとおり、原告春子は、腕、腰部から大腿部にかけて浮腫による後遺障害である線状皮膚萎縮症による瘢痕が残ったことが認められ、これは、被告の不法行為と相当因果関係ある損害と認めるのが相当である。

被告が負担すべき損害額は、増悪した症状の内容、後遺障害の程度、被告及び原告春子側の過失内容を総合的に考慮して前記金額を相当と認める。

イ 弁護士費用(請求額金一〇〇万円)

金一五万円

(2) 原告太郎分

ア 原田病院での治療費(請求額金二四万二〇〇〇円)

金一五万円

前記認定のとおり、原告太郎は原田病院に対して、原告春子の治療費として二四万二〇〇〇円を支払ったことが認められ、これは、被告の不法行為と相当因果関係ある損害と認めるのが相当である。

被告が負担すべき損害額は、増悪した症状の内容、後遺障害の程度、被告及び原告春子側の過失内容を総合的に考慮して前記金額を相当と認める。

イ 神棚代(請求額金二五万円)、ワンダー水代(請求額は金五六万円)、出張費(請求額金一〇万円)

いずれも認められない。

原告太郎が右代金をそれぞれ支出したことは、被告の保護義務違反による不法行為と相当因果関係がないので、被告の負担すべき損害にはあたらない。

ウ 慰謝料(請求額は金二〇〇万円)

認められない。

原告太郎は、未成年者であった原告春子の身体の安全を守るべき立場にあり、また、副腎皮質ステロイド剤を急に中止すればいわゆるリバウンドが起こることを知りながら(原告本人甲野太郎)、不注意にもみち子の勧誘に応じて原告春子の症状悪化に大きな原因を与えたのであるから、原告太郎には責められるべき点が少なくないこと及び原告春子に残存した後遺障害の内容等に鑑みると、原告太郎固有の慰藉料はこれを認めがたい。

エ 弁護士費用(請求額は金三〇万円)

金一万五〇〇〇円

(3) 原告夏子分(請求額は金二二〇万円)

認められない。

原告太郎において述べたと同様の理由で原告夏子に対する慰藉料は認めがたい。

三  結論

よって、原告らの本訴請求は、原告甲野春子につき金一六五万円、原告太郎につき金一六万五〇〇〇円及びこれらに対する不法行為の後である平成五年一〇月一日から各支払済みまで民事法定利率年五分の割合による金員の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、原告春子及び原告太郎のその余の請求並びに原告夏子の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

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